涅槃に生きる
犬は飼い主に似るという。
本当だろうか。
むしろ、犬を飼っている人間が犬に似るのではなかろうか。
いや、(①)、犬を飼う人は、犬を飼うに当たって、自分に似た性質の犬を選び勝ちだということなのかもしれない。
活動的な男は活動的な犬と散歩することを好み、閉じこもりがちな人は座敷犬を飼う。好戦的な人間は闘犬に心惹かれ、おしゃれな女性は外見のよい犬を欲しがるーなるほど。
ともかく、犬を飼っている人たちは最終的には、②犬じみてくる。
たとえば雨の好きな犬を飼っている男は、いつしか雨好きになる。
「ほう、雨になりそうだ」
と、窓越しの雨雲を見上げながら、彼は、かさをさして散歩に出かけることを考えはじめる。
「ワン」
犬が吠える。
「そうかそうか。」
と、男は答える。
何が「そうか」なのか私にはわからない。
が、おそらく、犬を飼っている男は、犬の言葉を理解するようになるのだ。
でなくても、彼は、犬の視点で外界を観察し、犬の身になってものを考える習慣を獲得するのだ。
猫にしても同じだ。
猫を飼っている人々も、一年365日を猫とともに暮らしているうちに、少しずつ猫っぽくなっていく。
「にゃーご」
と、猫が鳴くとき、彼は。
「わかったわかった」
と答える。
何が「わかった」なのか、他人にはわかりようもない。
が、③彼にはわかっているのだ。
つまり、④生き物を飼うということは、自分の中に、自分とは別の、もう一つの視点を持つということなのである。
(小田嶋 隆「涅槃に生きる」『木炭日和99ベストエッセイ集』文芸春秋)
飼い主:飼っていつ人
閉じこもる:引きこもる、(部屋の)の中に入ったまま出ないでいる
好戦的:戦うのが好きな様子
闘犬:犬同士を戦わせて勝負する遊び、またはその犬
心惹かれる:関心をもつ、いいと思う
(犬)じみる:(犬)っぽくなる
獲得:自分のものにすること
視点:ものを見る立場
問題
問1 (①)に入る最も適当な言葉はどれか。
1 というよりも
2 としても
3 というのも
4 といっても
問2 ② 「犬じみてくる」とあるが、ここではどういう意味か。
1 犬が飼い主に似てくるという意味
2 飼い主が犬の身になって考えるようになるという意味
3 犬が飼い主を理解するようになるという意味
4 飼い主は犬のことしか考えなくなるという意味
問3 ③「彼にはわかっているのだ」とあるが、何がわかっているのか。
1 猫がいつ鳴くのかということ
2 他の人には猫の言葉が理解できないということ
3 猫がなぜ鳴いているのかということ
4 自分が猫っぽくなっているということ
問4 筆者の言う④「生き物を飼うということ」とはどういうことか。
1 自分のことがわからなくなること
2 他人から理解されなくなること
3 自分と他人の目で物事を見ること
4 自分とは別の目で物事を見ること
正解:1 2 3 4