ラブレターでいいじゃない?
大学で、ぼくは文章の作り方と本の読み方を教えている。文章は誰でも書けるし、また本は誰でも読める。だから、たいていの人たちは、自己流に書き、自己流に読む。それでなんとなく通じるし、少し不満があっても、人生にはやらなきゃならないことが炊く差なるので、少々問題のある書き方、読み方でも、①そのままになってしまうのだ。
もちろん、ぼくは文章の達人ではないし、人とは違う深い読み方ができるわけでもない。けれど、文章を読み、書くことの専門家として、若い人たちに少しはアドバイスできるのじゃないかと思って、②そんな授業をやっている。
学生たちを教えていて、まず感じるのは、得意な分野と不得意な分野がはっきりしていることだ。たとえば、「私がこの講義を受ける理由」なんてテーマを出されると、まるで面接官の前でカチカチになってるみたいに「わたしがこの講義を受けたいを思うのは、なにより、文章がうまくなりたいからです。なぜなら、わたしは文章を書くのが苦手で、それでは就職にも不利だからです」といった具合に書き出す。まるで余裕がない。いわねばならぬことだけを、どんどん書こうとする。焦っているから、文章が、ただずらずら並んでいるだけになる。そして、なにより、③そういう文章には魅力がない。
(④)、一つ一つの文章の、あれやこれやをあげつらっても仕方がない。ああ書け、そうじゃない、といえばいうほど、いわれるほうは萎縮していく。
そういう時、ぼくはラヴレターを書かせる。ほんとうは実在の相手がいい。それじゃあ、個人情報の漏洩(?)になるから、架空の相手がいい。そのほうが自由に書ける。そうやって、生徒たちが書いてきたものの多くは、ほんとに面白い。なにより、生き生きしている。きみたち、ほんとうは、文章を書くのが得意じゃないか。⑤ぼくはそういいたくなる。明治の作家の誰よりも、きみたちのラヴレターの方が、優しく思いやりとユーモアに満ちているぞ。その調子だよ。いいかい、文章は、そもそもラブレターなんだ。つまり、どうしても伝えたい相手に、どうしても伝えたいメッセージを送る。それがラヴレターであり、そしてあらゆる文章がそうなのだ。「わたしはあなたが好きなので、わたしと付き合いませんか。あなたにとっても悪い話じゃないと思いますが」なんてラブレターを書くやつはいない。たとえば「ちょっと驚かせちゃうかもしれませんね。でも、おねがい。最後まで読んでください」とか「きみをはじめて見たのは、入学式だったっけ。待てよ、ごめん、ぼくは、入学式には遅刻して出てなかった」とか工夫するではありませんか。いつも、相手のことを考える。それが、とりあえずの文章の極意、ではなく、⑥文章の礼儀なんです。
(高橋 源一郎『ラヴレターでいいじゃない?』MammoTV
(http://www.mammotv.tv/index2.php)2005年06-04号)
自己流:他人の指導を受けないで自分で考え出したやり方、自分流
達人:ある方面に多くの経験や優れた才能を持っている人
アドヴァイス:アドバイス
焦る:早くしよう、うまくしようと思って、いらいらすること
なにより:この上なく、もっとも
あげつらう:欠点や短所を必要以上に言う
萎縮:元気がなくなって小さくなること
実在:本当に存在すること
漏洩:秘密などが他の人に知られてしまうこと
ラヴレター:ラブレター
そもそも:もともと、はじめから
とりあえずの:第一の、まず最初の
極意:物事の中心となっている大切なところ
問題
問1 ①「そのままになってしまうのだ」とあるが、何がそのままになっているのか。
1 人生でやらなければならないこと
2 読み方や書き方がおかしいこと
3 文章の作り方を教えること
4 人生で不満に思うこと
問2 ②「そんな授業をやっている」とあるが、どんな授業なのか。
1 若い人に人とは違う読み方をさせる授業
2 文章を書く専門家を育てる授業
3 文章の専門家としてアドヴァイスをする授業
4 問題のない文章を書く授業
問3 ③「そういう文章には魅力がない」といのは、どういう文章のことか。
1 言わなければならないことだけがずらずら並んでいる文章
2 面接官の前でカチカチになって書く文章
3 書きたいことをどんどん書いた文章
4 就職のために書かなければならぬことを書いた文章
問4 (④)に入る最も適当な言葉はどれか。
1 にもかかわらず
2 そればかりでなく
3 だからといって
4 どれでは
問5 ⑤「ぼくはそういいたくなる」とあるが、どうして筆者はいいたくなったのか。
1 ラヴレターを書くのは楽しかったから。
2 生徒は明治の作家より文を書くのが上手だったから。
3 生徒の分が生き生きとして面白かったから。
4 架空の相手だと自由にかけたから
問6 ⑥「文章の礼儀なんです」とあるが、ここでいう文章の礼儀とはどういうものか。
1 伝えたい相手にだけメッセージが伝えるように書くこと
2 作家よりもユーモアに満ちた文章を書くこと
3 ラヴレターのように話し言葉で書くこと
4 相手のことをまず考えて書くこと
正解:2 3 1 3 3 4