方玄綽(ほうげんしゃく)は近頃「大差ない」という言葉を愛用しほとんど口癖のようになった。それは口先ばかりでなく彼の頭の中にしかと根城を据えているのだ。彼は初め「いずれも同じ」という言葉をつかっていたが、後でこれはぴったり来ないと感じたらしく、そこで「大差ない」という言葉に改め、ずっとつかい続けて
彼はこの平凡な警句を発見してから少からざる新しき感慨を引起したが、同時にまた幾多の新しき慰安を得た。たとえば目上の者が目下の者を抑えつけているのを見ると、以前は癪に障ってたまらなかったが、今はすっかり気を
そういう風に考えた時、時にまた疑いが起る。自分はこの悪社会と奮闘する勇気がないから、ことさら心にもなくこういう逃げ路を作っているのじゃないか。はなはだ「是非の心無き」に近く、
彼がこの「大差無し」説を最初公表したのは、
「現在社会で最も広く行われる流行は官僚を罵倒することで、この邉婴涎瞍?ruby>
講堂の中には二十名余りの学生が散在していた。ある者はいかにもそうだ、というような顔付した。この話を好いと思ったのだろう。ある者は憤然とした。青年の神聖を侮辱すると思ったのだろう。他の幾人は微笑を含んで彼を見た。おおかた彼自身の弁解とこれを見たのだろう。方玄綽は官僚を兼ねていたからである。
しかしこの推定は皆誤りであった。実際これは彼の新不平に過ぎないので、不平を説いてはいるが、彼の分に
彼は金に差支えたが教員の団体には加入しなかった。しかし
「片手に書物を抱えて片手に銭を要求するのははなはだ高尚でない」
と、彼はこの時、初めて彼の夫人に対して不平を洩した。
「おい、たった二皿だけか? どういうわけなんだえ、これは」
高尚でないという説を聞いたその日の晩、彼はお惣菜を眺めてそう言った。
新教育を受けたことのない奥さんには学名もなければ雅号もなかった。だから別に何と言いようもなかった。旧例に拠れば「夫人」と呼んでいいのだけれど、彼は古臭いのが嫌いで、「おい」という一語を発明した。夫人は彼に対して「おい」という一語すらも所持せず、ただ面と向って話すだけである。それでも習慣法に拠って、その言葉が彼に対して発せられるということが解るのである。
「だけど、先月の分は一割五部しかないのですもの、みんな遣い切ってしまいました。きのうのお米はそれやもう、ようやくのことで借りて来たんですよ」
彼女は卓の
「そら見ろ、本を教えて月給取るのが卑しいか。これは皆連絡のあることで、人は飯を食わなければならん、飯は米で作らなければならん、米は銭で買わなければならん。こんな些細のことを知らないのか……」